【日記+絵日記】甥っ子の誕生日祝で寿司→昨日の絵に漫画を足してみた日

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まちゅだよ。今日はふつうの日記とお絵かきの日記どっちもだよ。
散らかってますねぇ❢❢❢❢❢❢❢へへ。

◯甥の誕生日祝いとしてお寿司を食べに行った

もうすぐ、上の甥っ子の誕生日である。早いもので来年中学生になる。
本当に早い。自分が小学生の時の6年間はいかにも長く感じたものだが、他人となるとこうもあっという間だろうか。まさしく光陰矢の如しである。

釧路の創作寿司チェーン「まつりや」にて。やっぱりサーモンが一番好きですねぇ❢

今日は上の甥っ子の誕生日(といってももう少し先だが)の前祝いということで寿司になった。下の甥っ子が「11皿食べる!」と息巻いていたが、そこまでお腹が空かなかったらしく5皿ほどで終了。適量かと思う。

上の甥っ子のお祝いで本屋さんなどに行ったわけだが、どういうわけか下の甥っ子がちゃっかりとレゴのおもちゃをゲットしているのである。なんというか、ほんとうにちゃっかりしたものである。
肝心の上の甥は対照的にえらく落ち着いたもので、軽いコミック本のようなものを2冊だけ手にとって誕生日プレゼントとしていた。下の弟が立派なレゴを買ってもらっているのだ、ここは分厚い図鑑でもどうだ、と聞いてみたが、「いや、いい」とあっさり断られてしまった。遠慮しているのではなく、本当にそこまで物欲がない子なのだと思う。兄弟で随分性格が違うものだと思った。

中学生になったら、どっちにもおぢさんが立派なPCを買ってあげますからね。

◯A4の効率的な使い方?

さて、今日は思いつきで昨日の絵に漫画を少しだけ足してみた。ほんのA5サイズで終わる短い一幕だが、思いついてしまったうちに描いてしまおうと思い、筆を執る。本当は午前中に終わらせるつもりだったが、昼のお寿司に間に合わせる都合もあり中断。結局、甥を色々なところに連れて行ったあと16:00過ぎくらいに帰宅して続きをトボトボと描くことになった。

昨日の絵のつづきのように描いた漫画。セリフは手書きで入れるにはあまりに吹き出しが小さいので、諦めて後で打ち込むことにする。

 良い一枚絵が描けたとき、前後の物語がムリなく連想されるものであり、自分にとっては珍しいことではないどころかごくごく日常的なことである(嘘。これは盛った)。いつも、お話より先に絵があるのである。まず、見た目なのである。
 そこまでは良いのだが、いつも「思いついたなぁ」と思っただけで満足してほったらかしてしまう。我ながら勿体ないというか、「1枚絵さえあれば、私はいつでもお話を思いつくだろう」と思って油断が過ぎるというのが正直なところだと思う。要するに、怠けているのである。

 しかし見たまえ、その1枚絵の横にはおあつらえむきにスペースが空いているではないか。これではもう言い訳もできない、ということで、今日は珍しく横にそのまま展開を描いてみたのであった。

A4原稿用紙の全体。ぎゅっとすれば、見開きを90分くらいで描いたような雰囲気である。

A4の紙の半分に1枚絵を、もう半分に1枚絵に関連する漫画を描くというのは我ながら良い思いつきのように思った。1枚絵と漫画が、1枚のA4用紙に収まっているところが実に無駄がなく美しいと思う。「一枚絵もやりたい、漫画もやりたい」という自分の気持ちともマッチしている。このままA5の本にすることもできるし、やりたければ横長のA4の画集のようにもできる。

 だいたい片側を埋めるのに長くて1時間ちょいかかる計算なので、午前9時過ぎに制作を開始した場合、休憩込みでちょうど昼12時過ぎくらいには1枚絵と漫画が一揃いできあがる計算になる。当然これは理想論である。いささか忙しい感じになるので実際には1枚絵を描くだけでへとへとになっている気もするが、元気なときのスケジュールとしては決してムリからぬ範囲ではないかと感じる。今日のように変則的なスケジュールの日はうまくいかないだろうが、もしほんとうにこれから毎日一枚絵と漫画が1つずつ収穫できるなら非常に気味が良い。もはやなんでもできそうな気がしてきた。

 1枚絵的なものがあればSNSなどへの投稿にも便利である。漫画の部分がささやかにでもできれば、HPに気軽に載せられるような漫画にも事欠かなくなる(気がする…あくまで頭の中の計算では、だが…)。そして先にも触れたが、画集などの完成形もイメージしやすい。更に、YouTube用の動画のメイキング素材も同時に収穫できる(私はほぼすべてのイラストのメイキングを収録している)。ゆっくり実況でどのように編集するかはあらためて再考したいところだが、しっかりと雛形を見直してちゃんと作ればかなり良いゆ実になるイメージがある。前半で一枚絵の実況をし、後半で漫画の実況をするのである。あれ?ほんとうは俺はずっとそれをやってみたかったんじゃないか?そんでもってゆ実も、こうしてA5サイズの一枚絵を描いていることと同じように、気軽に作ってそれなりのペースで投稿できるようにパワーバランスを見直せば、twitter,HP,YouTube,pixivといったネット周りの投稿ペースは大幅に改善を見ることになると思う。(まあ、凝った技法系の動画を作る際はさすがに時間を取りたいが。)

 これまで「1,2,3,4…」とバラバラに取り組んでいたものが「1」でできるようになっていくような手応えを感じることが、ここ最近少しずつ増えてきた気がする。勿論いまはリズムを「作って」いる最中なのでまだまだ荒いのだが、10月に入ってから何かが少しずつマシになっていく音が聞こえる気がする。良い傾向だと思うので、もう少しだけ調子に乗ったままでいようと思う。まあ、すべて「気がする」程度のことなのだが。

興奮して色々なにか喋った気がするが、当面の自分の宿題は一貫している。「描ける分は、描きなさい」。それなりの筆の速さを自覚している身としては、描かないとすればそれはただ1つ、自身の怠惰によるものである。

まあ、疲れたら休むし眠かったら寝るんだけども。
今日は眠いから寝るぬ。おやすみぬ。

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【絵日記】唐突に主線なし背景に少しだけ目覚めた日

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まああれだ、結局毎朝絵を描いているのだから、それで絵日記としてしまえば絵関連のコンテンツも増えてHPも次第に充実するだろうということなのである。むしろなぜいままで気づかなかったのか!

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午前の8時台起きはそれなりに定着を見せている。なによりである。

午前中の過ごし方であるが、まずA4用紙半分に万年筆でモノクロ絵を描くということがだいたいの決まりになっている。順調に終わるととても気分が良い。

時間にしておよそ30分か、少し長引いて1時間ちょっとである。1時間半になれば、だいぶ時間を使ったなぁ、というところ。午前の時間が1時間以上余るので、本来もっと時間をかけてやってもよいといえばよいのだが、実質A5サイズなのでこれでよいといえば良い気がする。

◯今日の絵。

今日の朝描いた絵がこんな感じである。

でかめの十手とけだるい手錠をたずさえた婦警がヒマを持て余している。

今日はいい絵が描けた気がする。気に入ったポイントを上げてみる。

・ポニーテールが描けた。(なぜかポニーテールは小学生の頃から自分の漫画の女性キャラに多用していた髪型である。おそらく小学生の頃に始めて恋した女の子がポニーテールだったからだと思われる。今自分の心を遡って確かめた結果、これはたぶん冗談ではなくガチである。)
・てきとうに描いた仕草がなんかいいかんじでよかった
・雑に決めた婦警という設定がポーズと偶然マッチしてよかった(偶然)
・背景にほとんど主線を使わないで済ませたが、個人的にはいいかんじになったきがする

◯線を「積分」すると絵になる?

いつも「今日はどんな絵になるかな?」と思って描き始めている。そういうと晩年のピカソの名言を思わせる気もするが、実際にはそんな大それたことではない。先にポーズやら構図やら設定やらをヘタに思いついてしまうと、「そこから外れないように」という─なんというかつまり「狙う」という心理的コストがそこには生まれるのであり、私は結局それをいつも嫌ってしまうのである。一方、「今引けそうな、良さそうな線」を選んでいけば、結果的に「いい線だけで構成されたいい絵」が生まれる。わたしのイラスト制作はそんな積分的なリクツで成り立っている(積分なのだろうか?)。

加えて、『「どんな絵を描こうか?」と考える時間自体がコストではないか?』という感覚が、以前よりもうんと高まっている。おそらく勘違いではない。だから、さっさと線を引いてしまいたい。これはそういうことだと思う。

絵における計画の最小単位は「今引く線」である。これをまず引いておき、「次に来そうな線」のシルエットを右脳が見つけるのを何秒か、あるいは何分でも待ち、「次ここね」と指令が来てから線を引く。そんな工程をたぶん500ないし700くらいつづけると、人物がひとり描き終わるのだと思う。画数なんて数えてないんだけどさ。

スキャンしたばーじょん。左上の空白は、勇気の撤退。

◯え!?主線のない背景描くの初めて!?!?!?

ペン画民を名乗るうえで、主線のない背景処理などはむしろもっと積極的に取り組むべき作画上の課題であった。しかしなんというか、なぜかいつも「主線無しで描く」という発想そのものが、絵を書いている最中の自分からは抜け落ちていることが常なのであった。理由はよくわからないが、とにかくそうであった。

しかしなぜか今朝になって、かなり適当ではあるが主線無しで背景を構成しようという気になった。どういうわけか。
人物をある程度描いたあと、周囲をコマ割りのように実線で囲ってしまうか、開けたままにするのか、構図の「しまいかた」にしばしば悩む。絵は始めるより終わらせることのほうが難しい。実線で囲むとうるさいが、なにもないと流石になにか弱い気がした。そこで右脳が出した答えが「主線のない背景」ということだったのだろうと思う。

背景にある物体がなんなのかは具体的には全く考えていない。どうせなにか建物だったのだろう、という体たらくである。まあどうせピントは合ってない気がするので、「なんかあるよ」というくらいで今回はとくに十分だったのだろう。自分にそういう選択肢がちゃんと存在すると確認できた事自体が、今日はうれしかった。もっと積極的にこの選択肢を選ぶことができるようになりつつ、明暗のデリケートな表現も上達させていけば、わたしはちゃんとペン画民としてまたレベルアップできるだろうというイメージも湧いた。今日はそうした意味で、吉日である。

◯松村が「絵描きとして」取り組みたいことの正体?

さて先程、その場その場でそれっぽい線を選べば最終的に幸せになるだろうという話をしたが、これは「局所的な最適解を選び続けることで全体としての最適解につながるはずだ」という、楽観的な話である。なだらかな道ばかり選んでいてもゴールにつながっているとは限らないし、険しい道でやばそうだけど長い目で見れば正解、なんてこともいくらでもありそうである。

なので、これは信仰に近い創作スタイルだと言って良いと思う。正直、それっぽい線を引いていったけど最終的にパッとしなくなったなんてことはいくらでもある。しかし、パーになることを恐れていてはこんな絵の描き方はとてもできない。なので、わたしは間違えるたびに「次同じ局面になったとき、手を止めて時間を取って考えよう」ということに加え「選択肢をまちがえてもあとで正解になるような手を後で打てば良い」ということを次第に考えるようになったのである。

仮に「まちがえてもあとで無理やり正解にする」という方法に究極的に習熟するなら、それは言ってしまえば「なにを選ぼうとなんでもあり」なのであり、それは「計画」からの究極的な自由を意味すると思う(要出典)。
 そんなゴーインな、乱暴な脳筋積分みたいなスタイルを、巻き戻しの効かない一発書きのフィールドですっかり身につけてしまいたい、証明してみたい、ほんで見せびらかしたい。ドヤ顔したい。松村の絵かきとしての欲求の少なくとも一部は、そのあたりにあると思う。

言い換えると、「ちょうちょを追いかけてたら富士山のてっぺんまで登っていた」というような絵の描き方をしたいのだと思う。あるいは、公園の砂場で遊んでいたら大手ゼネコンになっていたくらいのことだろうか。いずれにせよ、ぜいたくなお話である。

ぜいたくではあるが、突き詰めるとわたしは「一日ずつしか生きられない、将来のわからない人生なるものをどうやって不安無く、豊かなものにするのか?1日をいかに心配無く過ごすのか?」という問題が結局こどものころから気になっているのであって、それが創作スタイルにも反映されている気がする。こじつけである。こじつけではあるものの、人生に対する疑問はやはりある程度創作に出るものだとは思った。心配性なので、心配から自由になりたいのだと思う。

まとまらないが、ギリギリ絵の話をしたので日記を終わる。

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絵日記:存在しないアニメの1シーン描くの楽しい

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松村だよ。ふつうに今日午前中に描いた絵といっしょに載せる日記みたいなかんじだよ。

これが今日描いた絵。ふつうに16:9の寸法にしようとしてたんだけどなんか描いてたらこうなっちゃった。

デジタルイラストのほうが答えが見つかるのに多大な時間がかかり、「あれ、わいってこんなに答え見つけるの時間かかるほうだっけ…」と自分の才覚を疑い始めるターンが発生しがちである。
が、その「疑い」の時間帯を、姿勢を低くしてハンカチを口に当てるが如くやり過ごすとそのうち光が見えてくる(言葉通りの意味で)。
キャラクターにとりあえず色を置いて影を乗算レイヤーで追加していくと「こういうことでは?」というのが見えてくるので決して諦めてはいけない。

「Light is EVERYTHING(光はすべてである)」なる言葉(絵や照明効果についての格言のようなかんじ)をどこかで聞いた。個人的には光からアプローチするより、影に注目したほうが話が前にすすむことが体感的に多いので、「影はすべてである(Shade is everything)」かもしれない。まあ、普段ペン画をやっているせいで黒のほうに意識が行きがちなのもあるかもしれない。

ざっくりした背景メモ。pixiv( https://x.com/M_Kamikuro/status/1973348641214714176 )に投稿するオマケ用と自身の備忘録を兼ねたものであり、マメ。

「pixivに投稿する際には、なるべく1枚絵をポロンとあげるのではなく技法的なメモ程度でも良いから添えること」を自分の制約として半ば課している。いつまで続くかはわからないが、メモ程度でも構わないからアウトプットをちょっとずつ太くしていくことが大切であるということで、なんとかマメにやっていきたいセクションではある。

まあ、pixivに上げたりinstagramに上げたりtwitterにあげたりしつつさらにHPにまで上げるのは二度手間どころか3度手間、4度手間ではないのかと多少思う。が、HPをこのような形にしてしまったのであれこれ言い訳をつけてなんでもない記事でコンテンツを水増ししていこうという狙いもある。

長期的にHPがどのような場所になるかは謎である。しかし最近、自分の活動の未来について想像するのは、自分のなかにある「創作」「世界観」がぐっとディテールを充実させ、それがぱっと花開き、訪れたひとにとって「ああ、楽しい❢」という広がりを見せる、まさにその光景である。

それがどういうフィールドやプラットフォームで実現されるのかはわからないし、あるいは動員できるすべてを巻き込んだ「環境そのもの」かもしれない。ただ、世界観とはディテールそのものであり、人生のディテールとはこの今日という日1日ないしこうして過ごしている1秒を指すものであるから、やはりなにはともあれささやかでも記事を投稿してみるものである。

2030年頃になったら、この時期を振り返って「随分変わったものだ」と思うかもしれないし、相変わらずうわちょり然とした日々を過ごしているかもしれない。1日が楽しいことは、良いことである。

了。

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さっと描ける地球とか地平線❢

https://www.youtube.com/watch?v=ufOUdRi_iFc

↑この動画の中で紹介した地球の描き方を文章でかんたんに残しておくよ。

ざっと描ける地球と地平線をざっとメモ程度に。

カメラの位置に寄るには寄るんだけど、雲は地平線からちょい離すくらいで浮かせておくと描きやすくて可愛くていいよ。

陸地を描くときは、地球の丸さが伝わるのがポイントだよ。
四角い陸をいきなり置かないことが大切だよ。
縦に長さを出したいときは、うにうにと蛇行しながら進むのが吉。

陸と海を半々にすると方向性がはっきりしないので、
どっちかを多めにすると決めるほうが成功率が上がるよ。