仏教の性格6タイプ診断⑤:「痴性」について

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仏教における性格分析の5つめ、今回は「痴性(ちしょう)」を紹介してみます。前回の「尋性」はこちら

※事前注釈
 ・仏教では6つの性格があると説明されるが、それぞれの優劣や上下関係があるわけではありません。
 ・ひとの性格を正確に言い当てることは本来むずかしいことです。あくまで気楽に参考程度にご覧いただければと思います。
 ・「ブッダの実線心理学 アビダンマ講義シリーズ第七巻 瞑想と悟りの分析①(サマタ瞑想編)」をメインの参考書籍として、松村個人の理解をだいぶからめつつ紹介する記事です。

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就寝するケツおとこ。

◆痴性は「なまけもの」?

痴性の場合は「集中力がない、物事に関心がいかない」というような説明がなされます。貪性のように物事を積極的に喜んで受け入れようとはしませんが、瞋性のように「なんだこれは!」という怒りをあらわにすることもあまりありません。どちらかというと無関心というか「どうでもいい」という態度が中心になるそうです。

痴性の基本的な性格は「判断できない、集中することができない」と説明されています。自分でなにか店を開いて、お客さんがたくさん来るような工夫をあれこれ凝らすのは苦手です。流れ作業のような仕事であればこなせますが、あれこれ現場で判断を迫られるような仕事は不向きだそうです。

表面的には穏やかなひとに見えるので、まわりからは落ち着いていてのんびりしているひとに見えるのではないかと思います。仕事ができるわけじゃないけどやさしい先輩、というかんじ。良くも悪くも、あまりガツガツしていないのだとおもいます。「ああ、あのアイドルのコンサートに行かなきゃ❢❢❢」みたいな働きが人より少ないかもしれません。

◆数学が苦手で美術が好き?

勉強で言えば、たとえば「数学はできない訳では無いが好きではない。美術は好きになる。漢字の書き取りは得意だが作文は苦手。歴史や地理などの暗記科目は得意」という説明があります。私自身もこれはすごく身に覚えがあるので親近感が湧きます。

(自分で決断するのが苦手、という点を見ると信性と痴性は似ているように見えます。信性であれば「ああ、ありがたい、ありがたい」と思って先生を信じてせっせとこなしそうですが、痴性の場合はたぶん「ふーん」という感じで取り組むのではないだろうかとおもいます。)

ところで、痴性だから頭が悪い、なまけものだとすぐに決めつけることは出来ないと思います。あくまで心のはたらきかたの傾向であると理解すべきであって、他人を決めつけることがないように注意しなければなりません。

◆痴性の「怒り方」?

痴性のひとにも煩悩があり、怒りがあります。痴性のひとが怒る時は、突然のできごとの情報量でパンクして処理できなくなって爆発してしまう、ヒステリー的な状態であると説明があります。突然のハプニングには弱いということです。こういうとき、やはり周囲の人間や上司がしっかりしていれば助けてあげられます。

「痴性で判断力がないからひととしてダメだ」というように決めつけることもまた難しいと思います。世の中が怒りと欲でどれだけとんでもないことになっているのか、数え切れないほどです。「なんだそんなこと、どうだっていいんじゃないか」と放っておけるひとの人徳というものもまた世の中にあります。ひとの性格がそれぞれあり、それぞれの場面で良い結果を出したり悪い結果になったりするということなのです。貪性や瞋性がよくて痴性がだめ、などと性格の良し悪しを決めることはできないのです。社会で生きることに疲れたとき、欲とも怒りとも離れた人と話してホッと一息ついて助かったということは世の中にいくらでもあるのではないでしょうか。

◆どんな職業が向いているのか?

基本的には「今日はこれをやってください」とマメに指示してもらえるような職場か、流れ作業的に働ける環境、あるいは絵描きなどの「決まったカタチじゃなくていい」という分野がいいかんじなような気がします。彼らに一度にたくさんの仕事を投げると混乱してしまうと思います。

自力でなにか判断するというアクションが苦手である以上、誰かに雇ってもらったり助けてもらいながら生きていくことが選択肢としてまず上がりそうではあります。が、ひとの生き方は様々です。痴性に入るひとであっても堂々と独立して生きている人はいらっしゃるはずです。「痴性だから独立は無理」といきなり言うことは出来ないと思います。が、工夫が必要な以上、誰かに習ったり仕組みそのものを教えてもらったりするような機会は必要だろうと思います。誰でも若い頃は上司や先輩に色々教えてもらって大人になりますが、そうした度合いの必要具合の強弱などはあると思ます。

生き方に工夫が必要なのはどの性格の人間でも同じことです。

◆どんな創作が向いている?

漫画の場合、おそらく複雑なコマ割りや伏線回収などのあるような、変数の多い作業は本人のキャパシティを超えてくる気がします。それよりは、たとえば4コマであるとか、2,3ページで終わるような簡単なお話にするとか、あるいはお話の構造を完全に決めておいてもよいかもしれません。変数を減らして「これにだけ集中してくれればいいよ」とがんばりどころを絞ることでうまくいきそうです。一度に多くのことを処理しようとしないことです。シングルタスクに分解すべきでしょう。

あるいは「完全になんでもありだよ」ということにして、心を自由にしてあげてもよいかもしれません。きっちりしていなくていい、いわゆる上手な絵や、きれいな伏線回収やものすごい精密な描写はしなくていいんだよ、という自由なところを用意して、やっとホッとする可能性があります。心を自由にさせておいて、4コマのようにフレームだけ決めておけば本人が安心してのびのび遊び始めるのではないかと思います。混乱を避けるため、ここからここまでというフレームは必要だと思います。

つまり、どこかで流れ作業的なものにしておいて、なにか本人が思いついたら好きにさせておく。ややこしそうだったらまたいつものところに戻ってきてもらう。「判断力」が問われるセクションをなるべく省いてあげることで本人の心が自由になります。たぶん。

痴性の話題で、どなたか著名人で例があるかな?と一瞬思い出してみたのですが、おそらくジミー大西さんあたりはそうでないかなとこれまた勝手に推測します(勝手です!)。さんまさんの運転手をしていた時代に叩き込まれた一発ギャグを振られたときは即座にサッと反応したり、美術的な方面で結果を出したり、ちょっと勉強が苦手なところがあったりなど色々なエピソードがwikipediaで確認できます。さんまさんという信じて構わない上司と出会って芸を仕込まれたことで芸人として一本柱が入り、そこから本人の天然キャラなどもあって愛されていったという流れではないかと思います。年末の「ガキ使」に出てきたときはわたしも爆笑せざるを得ませんでした。

あとこれは細かい絵の話ですが、おそらく痴性のひとはきっちりした直線を引くのは苦手なんじゃないかなという気がします(偏見です)。集中力が続かない分、たぶん途中でどうしてもフニャッとしてしまうのだと思います。文字を書かせるとところどころ間違いがあったり、字全体に力が入っていないかんじだったりする気がします(偏見です)。

◆誰だって助けてもらって生きている

今回も色々書いてはいますが、わたしたちの性格が違うというのは、社会の中での役割が違うということです。誰もがお互いの性格に助けられて生きています。相手の能力の欠けているところを見つけたとき、それをあげつらったり見下したりするのではなく、お互いが得意な部分を補い合って思いやりを持って生きるべきです。

ここまで5つの性格を紹介してきました。次回は最後に「覚性(かくしょう)」を紹介します。そのうち書きます。ほな、また。

仏教の性格6タイプ診断④:「尋性」について

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仏教における性格分析の4つめ、今回は「尋性(じんしょう)」を紹介してみます。前回の「瞋性」はこちら

※事前注釈
 ・仏教では6つの性格があると説明されるが、それぞれの優劣や上下関係があるわけではありません。
 ・ひとの性格を正確に言い当てることは本来むずかしいことです。あくまで気楽に参考程度にご覧いただければと思います。
 ・「ブッダの実線心理学 アビダンマ講義シリーズ第七巻 瞑想と悟りの分析①(サマタ瞑想編)」をメインの参考書籍として、松村個人の理解をだいぶからめつつ紹介する記事です。

うちのキャラの古賀ちょん。(ナックル・ビッグシルエットより)

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◆尋性は「議論好き」?

尋性は「頭の中でずっと議論をしている」ような性格だと言われています。議論が好き。結論に達することが目的というよりは、議論している状態やその過程そのものを楽しんだり検証したりするのが好きな性格だそうです。

表面的には物静かだったり、あまり顔に表情が出ないかもしれませんが、何も考えていないわけではなく、頭の中がいつでも言葉で一杯なので言葉としてなかなかまとまって出てこないということみたいです。

◆尋性は疑い深い?

尋性の人は「ああではないか、こうではないか」と検証が止みません。学者っぽい性格といえばそうかもしれません。いつでも何かを「疑っているような」状態ではないかと個人的に思います。とてもよい結論に達しても「いやまてよ」と、どこかで思っているのです。安易に結論したくないのでしょう。そのうち、「疑っている自分さえも疑ってしまう」ようなところまで行ったりして、なかなか帰って来なかったりすることもありそうです。

個人的に一番対照的だと思うのは信性です。信性は簡単に人を信じてしまいます。尋性の人は反対に、人のことを信じ切るということがあまりないように思います。相手を完全に信じ切ってすべてを任せっきりにする…という態度は苦手かもしれません。人間関係において一定の「保留」みたいな部分がかならずあるし、恐らく消せないのだと思います。

◆何にも捕まりたくない性格?

有名人で一人パッとおもいつくのはひろゆきさんです。本人が何にも捕まりたくない。のらりくらりしている。だれかと議論や討論するときも、「この場合は?あの場合は?」と、時にはどうでもいい例まで持ってきて議論そのものが収束しないような感じになっていたりします。結論を出すのではなく、うだうだと議論している状態が一番ウキウキするのではないかと思います。瞋性(怒り型)のひとが相手に勝つ・勝負の目的で議論を仕掛けても、尋性のひとはひらりひらりと議論を交わして煙に撒いてしまいます。真面目にやっているのかと腹を立てたくなるかもしれませんが、本人は至って真面目です。

総じて、結論を出したくない、自由でいたい、何にも捕まりたくない、というのが尋性のひとの基本的な気持ちではないかな、と推測します。

◆どんな職業に向いている?

これはどうなってる、あれはどうなってる、といった色々な検証や確認が必要な仕事は向いていると思います。知識能力があるなら学者としてしっかり結果を出すんじゃないかなと思います。恐らく数字を扱う職業も向いている気がします。事務的な仕事や、裏方としての職務に向いている気がしますし、本人もそのほうが落ち着くと思います。

表立ってリーダーシップを取る立場にさせる場合は注意が必要だと思います。おそらく、尋性の人はあまり目立ちたくないと思っているし、なんなら写真に映ることもあんまり好きじゃない可能性があります。尋性はなにはともあれ「捕まりたく」ないんじゃないかと思いますし、それは他人の視線であってもそうではないかと思います。無理に表舞台に引っ張り出すと本人が強いストレスで潰れる可能性があるため、人材を配置する際には注意したいところです。本人が望んでなる場合は、恐らくかなり強い決心のもとそれをやることと思います。

(一方で、「でもたまにははっちゃけちゃおうかな」みたいな茶目っ気もあったりして面白い人たちだったりしますが、たまにしかはっちゃけないので、目立ち慣れていない人間の独特の風味を帯びがちで、これも面白いです)

ちなみに、もうひとり「おそらく尋性ではないか?」という人物を挙げるとするならば、任天堂元社長の岩田聡さんが恐らくそうではないかなと思います。これといった根拠がはっきりあるわけではないのですが、岩田さんがHAL研究所や任天堂で社長を務めていたとき、「社員全員と納得行くまで面談する」という方法で社員とコミュニケーションを取っていたと書物などで伺いました。これは「お互いに”疑い”がなくなるまでしっかり話そうではないか」という態度だと思います。どんなに労力がかかっても、社員全員としっかり話して「これがこうなっている、これがこうなっている…」とていねいに整理していくことを選んだわけです。とても誠実な態度だと思います。色々な考えが頭に浮かんで、つい色んな議論や疑いを抱えてしまいがちな尋性的な面があったからこそ、自分や周囲の人間にも疑念が残らないように精一杯務めたのではないかと勝手に推測しています。

◆どんな創作が向いている?

恐らく「世界観」や「設定」をモリモリと深堀りしていくのは好きそうですが、とくにどんどん「自分だけがわかっている世界の設定」を全力でぶん回していくような感じになると一番馬力が出るんじゃないかなと思います。頭の中の議論をそのまま出してしまう。世界全体を使った「会議」でよろしい。

漫画家さんでいうと「映像研には手を出すな!」の大童澄瞳先生あたりは尋性っぽいような気がします。映画監督なら押井守監督、「攻殻機動隊」の原作の士郎正宗先生も尋性っぽい気がします。

共通しているのは、世界にものすごく「理屈」があるのですね。自分独自の世界の「理屈」を考えるのが好きですし、作品全体も理屈っぽかったり議論が絶えなかったりします。で、作品全体としての結論は出ないかも。議論している状態自体が目的だからです。

注意すべきなのは、自分の世界の設定みたいなものを、さらに自分の世界の用語で説明するみたいなことに陥りがちな気がします。学者が学者用語を素人にそのまま話して、まるで伝わっていないことに気づいていないような事態は多そうです。本人の「頭のなかの議論」をそのまま本当に作品にしてしまうと、周囲はそのままではついていけませんので工夫は必要です。

総じて、読む側にちょっと一定の気合が必要なものをつくりがちかもしれませんが、あくまで傾向の話です。「読者のお前らが気合を入れて読め!」と開き直るも良し、用語をていねいに紐解いたり、聞き慣れないワードでも状況やビジュアルで意味や意図が伝わるように工夫してもよし、わけがわからないまま読んでくれればよしともう一度開き直っても良し。本人なりの理屈や議論が爆発するようなものが出てこれば、周囲も困惑しながらも面白がってついてくるのではないでしょうか。自分の議論や理屈を描き切れる画力が伴えば、鬼に金棒。

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尋性については以上です。いつにもまして個人的な推測が多めですが、どういうわけか仲の良い友人や付き合いの古い知人などに尋性がそれなりにいたりして、「このひとたちって、こういうことなんじゃないかな」と感じる部分が割とあったため、ついでにまとめてみました。私が参考資料で読んだ本の記述は1ミリくらいしか残っていない気がするので、本当に参考の参考の参考程度に読んでいただければ幸いです。

残るは痴性と覚性です。どっちをラストにしようかな。ほな、また。

仏教の性格6タイプ診断③:「瞋性」について

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仏教における性格分析の3つめ、今回は「瞋性(じんしょう)」を紹介してみます。前回の「貪性」はこちら

※事前注釈
 ・仏教では6つの性格があると説明されるが、それぞれの優劣や上下関係があるわけではありません。
 ・ひとの性格を正確に言い当てることは本来むずかしいことです。あくまで気楽に参考程度にご覧いただければと思います。
 ・「ブッダの実線心理学 アビダンマ講義シリーズ第七巻 瞑想と悟りの分析①(サマタ瞑想編)」をメインの参考書籍として、松村個人の理解をだいぶからめつつ紹介する記事です。

◆瞋性は「怒り型」

瞋性は、物事に対して対立的なアプローチを取る性格です。仕事をするときもなんとなく怒りながらやるし、部屋を片付けたり模様替えするときも「もっとこれどうにかならんのか!?」という感じで家具を移動したりする感じです。とりあえずぜんぶタンスに詰め込んでハイ終わり❢みたいな掃除になるかも。貪性があえて物事の楽しい側面に惹かれてしまうように、瞋性は物事の欠点をついハイライトしてしまいがちです。

物事の欠点を見抜くのが素早く、基本的に判断はパッパと済ませます。信性のように判断能力自体があまり働かなかったり、優柔不断ということはそこまでなさそうです。判断自体が正しいか間違っているかは個々人の能力によりますが、とにかく判断は下すというわけです。

仕事をさせたり上司になるとビシバシ働いたり指示を出すのでリーダーシップがあるように見えます。反面、「あの人、能力はあるんだけどちょっとおっかないよね」などと思われたりしがちです。ズバズバとモノを言ったり色々なところに爆弾を投下していくところがあるのでどこかでだれかと対立しがちなのかもしれません。

ちなみに、瞋性であっても全然怒らないというひともいるはずです。あの人はいつも怒っているから瞋性だ、そうじゃないから瞋性じゃない、と簡単に判断しないほうが無難な気がします。あと、数字に強いイメージ。たぶん数学が得意なひとが多い気がする。
あと、瞋性じゃなくてもおこりんぼなひとはいます。怒りは誰にでもある煩悩です。そこは基本なのです。

◆例えばどんな人?

世のなかには、どうしてもなにかといつも戦っていないと生きている感じがしないというひとがいるのかもしれません。それなりの地位にいるのだからそのままふつうに生きておればいいのに、なぜか要らないトラブルを生んだり誰かにケンカを売ったりしてしまう。彼らはいつでも何かに挑んでいたいのではないかなと思います。

例として合っているかわかりませんが、芸人でYouTube大学もやっている中田敦彦さんあたりは瞋性が入っている気がします。元々の芸風も、既存の漫才やコントのあり方にどこかケンカを売るようなアプローチで有名になりましたし、「Perfect Human」に至っては一体どこがコントなのかという勢いですが、それで再ブレイクを果たしました。芸人でありながら早い段階でYouTubeに乗り出してみたりするのも、業界に対して挑戦的な感じがありました。あとYouTuber業を始めてしばらくしてから、謎に「お笑いコンテストの審査員は独占的でうんぬん」みたいな発言をして炎上してみたり…。

端から見れば別にのんびりYouTubeやっていればいいじゃないか、と思ったりもしますが、本人としては「次は何/誰と戦おうか」というどうしようもないエネルギーがあるのかもしれません。瞋性というのは、例えば、そういう対立的なエネルギーの持ち主と理解していいんじゃないかなと思います。

◆どんな職業に向いている?

わかりやすく相手の欠点をつくような職業、つまり格闘家であったりスポーツであったり、だれかと戦うことが仕事として入っているような職業は一定の結果を出すかも知れません。相手の欠点やスキをいかに素早く正確に突くのかというとき、キラリと光ります。また、議論することも好きそうです。参考文献には「反対意見を言わせると結構元気」などと書いており、なるほどなと思います。

世の中の仕事にはツッコミ役が必要です。「それってどうなってるの?」「具体的には?」「ここおかしいんじゃないの?」そうして悪いところを直していくはたらきが社会に必要です。あるいは野党的であったり、あるいは批評家的なポジションに収まることもあるかもしれません。そういう意味ではなんとなく、マツコ・デラックスさんあたりは瞋性のような気もします(世相を切るような語り口の上手な人は瞋性っぽい?)。

これも例としてどうかわかりませんが、ラッパーの呂布カルマさんあたりも瞋性っぽい気がします。とくに即興のラップバトルで相手を素早くディスらないといけないというとき、ちんたら考えている暇はないはずです。瞬発的にズバッと言わないといけない。瞋性のひとにはそういう瞬発力があるように見えます。

ちなみに、瞋性のひとに漫画を描かせると、やはり勝負の世界を描くときに楽しそうにしている気がします。「カイジ」や「嘘喰い」などの殺伐とした駆け引きの漫画であったり、あるいは「ドラゴン桜」などの実用書寄りの漫画もやりそうです(ドラゴン桜も受験の話なので、やっぱり勝負のおはなしですね)。
連載が続くにつれてめっちゃ絵がうまくなることも当然ありそうですが、どちらかというとどこかのタイミングで「用事が済めばそれでいい」ということで絵柄が一定の画風に落ち着くような側面がある気がします(ヘタという意味ではないです)。

◆クリエイター職には向いているのか?

クリエイターや芸術家など、なにか創作する職業にも瞋性の方はたくさんいらっしゃると思います。「貪性じゃないと創造的な活動に向いていない」などという考えは誤りです。

例えば木曜日にTBSでやっている「プレバト!!」の俳句コーナーで人気の夏井先生は瞋性っぽいかな?と個人的にこれまた勝手に思います。もう、めっちゃズバズバ言う。(笑)でも、俳句の悪いところをビシビシ直していくと、いつのまにかあの美しい俳句が出来上がっている。

物事の悪いところを、直して、直していけば、そのうち直すところはなくなります。これはシンプルですが重要な事実です。おそらく俳句というのは、そういったアプローチと相性が良いのではないかと思います。5・7・5という限られた音数と「季語」というルールのなかでどのように情景を立ち上げ心情をうたいあげるのか。無駄を削ぎ落としたその先にある美に辿り着こうというとき、瞋性的なアプローチはとても学びになると思います。

もうひとり心当たりがあるのが、カービィやスマブラの生みの親として有名な桜井政博さんです。任天堂の元代表取締役社長の岩田聡さんがインタビューで、桜井さんについて「ものがまったくできていないときに完成イメージが頭の中でほぼ完璧にできて動いている」と評していたのですが、そうした能力の源は瞋性的なアプローチによるものではないかとこれまた勝手に推測しています。あるコンセプトについて、あらかじめ問題になりそうな点をぱぱぱっと見抜いて、頭の中で対処し、組み立て終わっている。余計なものを後から途中からつぎ足してごちゃごちゃさせないので、「これで完成。」という一点にしっかり収束するのではないかと思います。

星のカービィ、スマブラ、カービィのエアライダーなど、氏のゲームは魅力たっぷりながらも基本のつくりがとても「すっきり」していてコンセプトが明快です。やりこみ要素なども当然あるのですが、やはり全体的に「無駄を削ぎ落とした美しさ」のようなものを個人的には感じます。「星のカービィ」のゲーム難易度をデザインする際も、「初心者の人がつまづくような障害を取り除く」というアプローチが多分にあったことは御本人の動画の中でも紹介があったかと思います。

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少し長くなりました。要するに、そのひとの性格にあった仕事の仕方というものがあるのであって、それは漫画・ゲーム・音楽といった様々な創造的フィールドにおいても同じであるという話を、私はしておきたかったわけです。色々な性格のひとに、それぞれの生き方と道があります。

ここまでで信性・貪性・瞋性の3つを紹介してきました。残るは痴性、瞋性、覚性の3つです。どれにしようかな。

では、また次回。

これは適当に書いたイメージ。ツノかわいいね。

仏教の性格6タイプ診断②:「貪性」について

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仏教で説かれた性格6タイプを松村個人の理解を大いに交えながら紹介する記事、第2回目です。早速行ってみましょう。前回はこちら

※事前注釈
 ・仏教では6つの性格があると説明されるが、それぞれの優劣や上下関係があるわけではありません。
 ・自分の性格を自分で正確に言い当てることは本来むずかしいことです。あくまで気楽に参考程度にご覧いただければと思います。
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◆「貪性(とんしょう)」は欲の性格

今日紹介してみるのは貪性です。こちらは欲の性格と説明されています。
どんな人間にも悟りを開かない限り欲・怒り・無知がありますが、ひとの性格によってどの煩悩が働きやすいかという傾向の違いがあるということで、今回の場合は「欲」ということになります。(貪性に入っていても、ほとんど欲張らない、みたいな人間もいるそうです)

貪性。明るい性格で、物事のポジティブな面を見ようとします。物事をこちらに引き寄せましょう、というアプローチが中心です。模様替えをするときも「ここに花があったらいいかも」とか「ここにこんなカーテンを引きましょう」とどんどん楽しんで追加していく。彼らの住む部屋はとても整理されていてかっこよくなっています。自分の暮らしに足し算をしていくのが楽しい、という性格だと思います。人と議論するよりは、みんなが賛成できる話題でワイワイするほうがスキ。

あとこれはかなりわたしの偏見ですが、貪性のひとは「睡眠ってもったいねえ~~~」と思っている気がします。寝ないで済む体だったら一日中あれやるのに、これやるのに、というプランがありそうです。あと、シンプルにわかりやすくスケベというひとも貪性っぽいかんじはします(が、どんなひとにも欲という煩悩はあります)。

◆信性と貪性は似ている?

参考文献の説明だと「例えば、住所を書いてと頼まれると、立派な作品にしようとして書いたりする」とされています。前回の「信性」の性格とアプローチは似ています。信性の場合は「かっこよく書いたら相手が喜ぶでしょう」という動機できれいに書きますが、貪性の場合は「せっかくだったらバッチリかっこよく書きたい」ということで書くわけです。

表面的な行動が同じだからといって、その人達の性格が一緒とは断言できないという点に注意が必要です。その行動に至る思考過程が違うことは多々あるはずです。性格診断というのはそういうわけでむずかしいわけです。ですので、まあ、参考程度にご覧ください。


◆仕事の中に遊びが欲しい?

心がどうしても「楽しいこと」に惹かれてしまいます。遊ぶことは誰でもある程度好きかもしれませんが、「遊びを仕事にしてしまいたい❢」というところまで行く人々もいます。彼らには貪性が入っている可能性があります(が、まだ断言はできません。)

歌を歌ったり曲を作ったり、絵を描くことは本来的には「遊び」の範疇に入ります。仕事の中に遊びが欲しいのですね。「これで飯を食えたらどれだけすばらしいだろうか!!!!!!」と思っていたりするわけです。

◆クリエイト職は天職?

デザイナー、作曲家、漫画家、イラストレーター、などといったクリエイター職はわかりやすく向いていると思います。足し算が得意なので、あれを足そう、これを足そうと次々アイディアが湧いてきます。自分のやりたいこと、欲しいものについて自覚的なので、作品づくりにあまり迷い?がない印象です(ものづくりの葛藤そのものはあるでしょうけども)。あと、大喜利が得意なイメージです。

(貪性だったら絵がうまい、絶対クリエイターになれる、という意味ではありませんし、貪性じゃないとクリエイター職は不利というわけでもありません。むしろ性格に合わせた創作スタイルがあるはずだ、という話がしたくてこのシリーズの執筆を決めました。「俺は貪性じゃないからダメだ」という話ではないことは重々理解しておいてください。)

漫画を描く場合、やはりキャラクターがどんどん増えてくるタイプではないかと思います。「カッコいい画面が描きてぇ❢❢」という気持ちがいつまでも止まないので、基本的に連載が進むにつれてどんどん画力が向上していく。が、どうしても引き算的な発想が後回しになりがちなのでどこかでセーブしないとどんどんごちゃごちゃしてきます。

(前回「ワンピース」の尾田栄一郎先生は信性が入っていないかな?と紹介しましたが、昨今の画面の収拾のつかなさや本人の振る舞いを思うとなんとなく貪性っぽい気もします。ワンピース自体も率直にお宝探しのお話ですし。
なにはともあれ「信性と貪性は表面的には似ている」と解説書にもありますので、やはり私程度の判断力ではこのくらいのざっとした印象論に留まるのが限界です。そういう意味でも、参考程度に。)

あと本当に余談ですが、岡田斗司夫4タイプ診断だと司令型寄りの注目型あたりになるのかなと思います。これはマジで私のただの感想です。

◆貪性でも暗い話を描くひとはいるはず

貪性の人だからといってかならずお宝探しワイワイパークなものを描くと断言することはできません。ホラー的なものを描いたり、ちょっとグロテスクなものを描くようなことも当然あるかと思います。本人がどこに「欲しい❢❢」と感じるかということがポイントです。一般的に暗いとされる題材を選ぶ場合でも、本人に「これを楽しもう❢❢」というアプローチがあるのだと思います。

貪性の話はこのくらいにしようかと思います。松村も「絵を描いて生きていけたら楽しいのに❢」と思ってこの道に来てしまったので貪性っぽい気もしますが、そういうことじゃなくてただのスケベって感じもします。まあ、ざっくりした傾向が自分でわかれば十分なのではないでしょうか。

次回は未定ですが、なんとなく瞋性(じんしょう)あたりにしましょうか。未定ですが、また次回。

仏教の性格6タイプ診断①:「信性」について

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仏教にも、弟子の指導をするためにお師匠さんが用いる「性格診断」のようなものがあります。本来的には悟りの修行のためにやることなので、世俗的な性格診断とは毛色が違うのですが、役に立つ話なので私の理解を添えながら紹介していこうと思います。

※事前注釈
 ・仏教では6つの性格があると説明されるが、それぞれの優劣や上下関係があるわけではありません。
 ・自分の性格を自分で正確に言い当てることは本来むずかしいことです。あくまで気楽に参考程度にご覧いただければと思います。
 ・「ブッダの実線心理学 アビダンマ講義シリーズ第七巻 瞑想と悟りの分析①(サマタ瞑想編)」をメインの参考書籍として、松村個人の理解をだいぶからめつつ紹介する記事です。

ブッダの実線心理学 アビダンマ講義シリーズ第七巻 瞑想と悟りの分析①(サマタ瞑想編)
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◆6つの性格

 まず先に、6つの性格を列挙しておきます。
 ・貪性(とんしょう)…欲の性格。
 ・瞋性(じんしょう)…怒りの性格。
 ・痴性(ちしょう)…怠け、無知の性格。
 ・信性(しんしょう)…信じる性格。
 ・尋性(じんしょう)…疑う性格。
 ・覚性(かくしょう)…知識型の性格。

 一気に全部書くと終わらないので、個人的に一番ピンとくる「信性」から行ってみようと思います。つまり、この記事は全6回を予定しています。

◆「信じる」という性格

 楽観的で明るい性格と説明されています。すぐに相手を信じてしまう。あんまりひとを疑いませんし、だまされても「運が悪かったな」と思ってまた凝りずにだれかを信じてしまいます。信心深い性格、と言えそうです。

 たとえば山頂で日の出なんかを見た時に「ああ、美しい、美しい」としきりに喜ぶ、物事の良い面をハイライトする性格なら貪性(とんしょう)っぽいですが、「ああ、ありがたや、ありがたや」と言ってしまうなら信性っぽいかんじがします。なにかにつけて、「ああ、ありがたいなぁ」となにかに感謝してしまう。なにかを信じているわけです。そういう意味では、日本人に信性の人間はやっぱり多そうだなと思います。

「信性だから善人だ」というわけではありません。信性でも終わってるカスは全然いるはずです。◯性だからいい悪い、ではなく、リアクションの傾向の話として理解してください。

(蛇足ですが、岡田斗司夫4タイプ診断で言えば「注目型」の範疇に入るだろうと個人的には思います。4タイプ診断については別に譲ります)

◆信じるものがないと行動できない

 なにか行動するときも、「こうやったら相手が喜ぶかも知れない」と、相手を信じて行動します。相手のリアクションを信じているのです。会社の人が通る玄関にこっそり花を置いておくとか、頼まれた仕事を張り切って余分にやってしまうとか、そういう、頼まれていないことまでついやってしまう。期待したリアクションが得られないと動揺しますが、凝りずに似たようなミスをしたりもします。

 相手を勝手に決めつけてしまいがちな性格とも言えます。「あの場面ではああ言ったほうがよかったのではないか」と家で一人で反省会を開いたりもします。人の気持ちを勝手に信じて、妄想してストーリーを作って悩んでしまうのですね。それが反省会としてでてしまうわけです。

 相手を「このひとはこういうひとに違いない」と先に決めて信じておかないと他人と会話するのが怖いのかも知れません。そういう、会話のシミュレーションみたいなものを勝手にやって、勝手にくたびれてしまう。例えばそんな性格です。

 相手を騙したり蹴落としたりということは向いてない気がします。性格が良いという意味ではなく、だまされやすい。やろうとしても、相手の欠点やウソを見抜くのがヘタクソなのでやられて終わりそうです。

◆信じて構わないものがあればしっかりしたひとになる

 判断力というか、行動の基準が「信じる」なのですね。信じるものがないと動けない。「誰かが見てくれるかも」「誰か喜んでくれるかも」「あの先生がそう言っていたから」というかんじで、なにか柱がないと行動に出てこない。なにかを信じていたいのです。

 裏を返すと、信じて構わない上司や先生と出逢えばしっかり成長します。基本的に相手を簡単に信じてしまうので、相手が信じていいひとであれば話はスムーズです。つまり、彼らに判断力を持たせるためには、彼らの能力に合わせて「判断のしかたそのもの、基準そのもの」から丁寧にインストールしてあげる必要がある、ということです。

 どんな性格の人間にもだれか先生が必要なのはそうなのですが、信性の人間はとくに良い教師・先生・師匠や良い本との出会いが欠かせない印象です。自分で物事を判断するのが苦手だからです。

◆どんな創作スタイルが向いている?

まず創作であれば「こういう風に描きたい❢❢」と思える作品や先生といかに出会うかがまず第一になりそうです。信性は教師や自分の信じられそうな題材との出会いが全てと言って過言ではないと思います。尊敬できる人、尊敬しても問題なさそうなひとをちゃんと探して勉強することがスタートです。要するに、誰かのマネから始めたほうがいい。

暗い話を描くか、明るい話を描くかは一概に言えないところです。信性だからかならずハッピーエンドを描く、とは言えないと思います。本人が「この世は弱肉強食だ!」と固く信じていたら、そのような対立的なストーリーを描く可能性は全然あると思います。「読者をびっくりさせてやろう」と思って、わざと冷水を浴びせるような作品を打ち出すことも考えられます。その際も、相手のことを信じて行動を開始します。

ただおそらく漫画であれば、「大団円」「ハッピーエンド」、みんなでわいわい勢揃い、仲良しでよかった、みたいな作品のアプローチにどうしても近づくような気はします。キャラが増えがちというか、登場したキャラを簡単に退場させたくない。「そこに登場できていないキャラクター」の気持ちをどうしても考えてしまうのですね。出してもらえなくて泣いてるんじゃないか、なんて思って放っておけなくなる。そうすると、画面がいままで出てきたキャラでどんどんごった返していくわけです。

おそらく「ワンピース」の尾田栄一郎先生や「NARUTO」の岸本斉史先生、「からくりサーカス」の藤田和日郎先生あたりは貪性か信性が入っているんじゃないかな、と思います。「ドラゴンボール」の鳥山明先生も恐らくそう。なるべく全てのキャラクターにスポットライトがあたる瞬間を用意するし、大団円を描く。それがあるべき状態だと信じているフシがあると思います。

(あるいは、「自分のお気に入りのキャラが描かれていない!」と悲しむ読者のことを信じているのかもしれません。そういう風に他者の感情をついつい想定するクセがあるのが信性です)

画風についてはなんとも言えないのですが、個人的には、先に上げた先生方を並べると、通常のマンガテイスト~若干デフォルメ寄りの画風は、信性のひとには取り組みやすいんじゃないかと勝手に思えてきます。が、このへんの話は適当です。理屈がわかったらまたそのとき書きます。

◆「他人に見られる仕事」は向いている気がする

他に有名人だと大泉洋さんとか狩野英孝さん、アンタッチャブルのザキヤマさん、政治家だったら安倍晋三さんや小泉進次郎さんあたりはモロに信性っぽい気がします。この辺は、個人的なカンです。

何なのかと言うと、「他人から自分がどう見えているか」というアンテナが異常に発達している人種なんですね。「みんなが俺を見ている❢」と思えたときに最大のパフォーマンスを発揮します(外れるときもあります)。

あと、対面したときの「怖さ」みたいなものがいい意味でない。威圧感がない。本人が意図的に抑えているのです。「自分が機嫌良さそうに見えているのか」というところから気を遣う人は遣います。ときには「気を遣っている」「そういう工夫をしている」と周囲に気づかせないほど繊細な演技力を持ち合わせます。つまり、演技力を備えた信性は人たらしになります。

◆まとめ

・信性は「信じる」性格
・判断力△、だが先生や上司が優秀だったら安心
・成長のカギは「まずマネてみる」「信じてかまわないものと出会う」こと
・人に見られる仕事、パフォーマンス系の仕事は向いているかも知れない

最初の一発目で信性を扱ったのは、松村自身はなんとなく信性だなという自認があるためです。
が、自分のことはなんだかんだ自分ではよくわからないものです。あまり過信せず、ほどほどに「そんな話もあるんだな」くらいに参考にしてもらえればよいかと思います。私自身の見解も本記事では多分に混ざっておりますし。

次回はどれにしようかな。おそらく貪性(欲)あたりになりそうです。
では、また。