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私は、自分の中からやさしい物語を出すことで「自分はやさしい人間なのだ」と思って安心したいのかもしれません。今日、唐突にそう思いました。

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2016年、私が父の会社を出て独立した初年の12月。およそ9年前の今日ですが、当時の私はクリスマスに合わせてこんな漫画を描いて投稿していたようです。

2016年12月24日0時にpixivに投稿した「クリスマスの空から…」
まだ右→左の読み順で描いていたものの、フルカラーバンドデシネを志向した様子のうかがえる作品。

マメに全コマにぼかしフィルターを使用していたり、ときに厚塗りっぽくしてみたり、被写界深度や空気遠近法の意識が割とあったり、いいかんじのテクスチャーブラシを使っていたりなど今より「デジタルでリッチな画面を作る」意識がむしろ高いと感じます。当時は破れかぶれでしたが、9年も置いてみると悪くないという感じがして面白いですね。
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詳しい内容はネタバレ防止のため申し上げませんが、簡単には「やさしくてあたたかい物語」を志向して描きました。「みんなの願い事が叶う話」と冒頭のプロローグにありますとおり、やさしい気持ちになるものにしようと心に決めていたことは間違いなかろうかと思います。

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さて、わたしはなぜ今でもやさしい話を描こうとしているのでしょう。今でもその方向性は基本的には変わっておりません。松村漫画、松村BDの一番底に流れている川の名前はやさしさであってほしいと、私自身が願っているのであり、一応これに嘘はないつもりです。しかし、なぜ「やさしい」ということにこだわるのでしょう。

白状しますと、私の心の深いところには性欲しか見つかりません。大学生の頃から、何度潜ってもほんとうに基本的にそれしか見当たらないのです。たまにマグレでやさしい気持ちになるのですが、あとはずっとスケベです。大学生のときにこの事実に気づいたときはさすがにびっくりしてかなり自分に対して絶望しショックを受けましたが、今でもたまにびっくりしています。私は全く成長していないのかもしれません。そして、怖くて調べていませんが、おそらく物心ついたころからそんなものだったのだと思います。

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つまりですね、わたしはおそらく「俺はスケベなだけの人間じゃあないはずだ」と、自分のなかの善性を信じたいがためにやさしさを描こうとしているのではないかな、と思うのです。いや、どうかそうあってくれという気もします。そうでもなければ、ほんとうにただ一生ムラムラして過ごしたことになってしまいます。なんというか、せめてものプライドとしてやさしいスケベでありたいのだと思います。人としての一生、ただムラムラしてただけじゃあないんだぞというなけなしの矜持を漫画に乗せて、せめて見た目だけでも取り繕いたいのではないでしょうか。どうもそう思えてならない、そんなどうしようもないクリスマスの夜を過ごしている自分のことが不意に思われたのか、自分で描いたはずの漫画に、なぜか今年に限って少しじ~んと来てしまった。よくわかりませんが、なにはともあれクリスマスなので珍しくですます調で済ます、そんな日記なのでス。

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唐突に来年5月のデザインフェスタvol.63巨大ライブペイントに繰り上げ当選したメールが届いたりなど、なんだか感情の起伏というか情緒?が不意に揺さぶられてしまい、嬉しい反面少しくたびれた日になりました。2月コミティアに当選した暁には画集と新刊短編集を持っていきたい予定ですが、デザフェスに向けては短めのデジタルカラーBDを描いても良いかも知れません。ここらでまた1つやさしいお話を描いてなけなしの人権を回復していこうではないかという気持ちをうっすらと新たにして、今日はおやすみなさい(まあ、全然くだらないギャグ漫画を描いている可能性は残っていますが)。

みんなの願い事が、叶えられますように。
では、おやすみなさい。