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今日は普通といえば普通だった。普通に仕事をし、普通にアマゾンから荷物を受け取り、普通に午後およそニヶ月ぶりの床屋に行き、普通におやつとして串団子を食べ、晩御飯はふつうにおでんだった。いや、ちょっといい豆腐が入っていた。生の豆腐だったかなんだったか、名前は忘れたが、美味しかった。ただおでんにいつも入れているウィンナーが今回はなかったので、私だけ「香燻」をレンジでチンした。

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1つだけ、今日は年1回だけのイベントが発生した。新年、家の神棚に新しく貼る御札の訪問販売である。ここでわたしはある凡ミスをしてしまった。

毎年いつも我が家は御札を2枚買う。自宅の分と、父方の祖母の家の分の2つである。ただ祖母は2年前の春になくなってしまったので、去年から1枚で良い…のだが、わたしはそれらを失念していつものノリで2枚買ってしまった。1枚3,500円、2枚で7,000円である。安くはない。ちょうど母が出かけていたタイミングでの訪問だったのでわたしが対応するしかなかったものの、余計な出費をわびつつ午後の床屋へ出かけたのであった。

なんということはない、何枚必要なのか自信がないのであれば母なり父なりに電話をかけてその場で確認すればよかったのである。しかし私はそれを怠ってしまった。理由ははっきり自覚している。そう、目の前の訪問販売員さんを待たせるのが嫌で気が急いてしまったことである。

電話をかけるくらいであればほんの1,2分である。さすがに師走といえど御札の販売員が1分1秒を争うほど多忙であるイメージはないが、それでもなんとなく待たせるのは嫌だった。なぜそこまで待たせるのが嫌だったのだろうか。それは私がやさしい人間だったからではなく、ただただ知らない人との会話を手早く切り上げたいという強い欲求のためであった。ここに1つ、わたしの昔から変わらない悪癖の1つがある。

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必要な情報確認をする前に電話や会話を切り上げてあとで後悔したり面倒な目に遭うという失敗が、わたしは昔から実に多い。そうつまり、「それってその場で聞いたらよかったんじゃない?」というミスである。私はなぜかそれができない。相手との会話の回数が1ラリー増えること自体が苦痛というか、ほぼ脊椎反射的に回避しようとしてしまう。用事が済んでいないのに、勝手にいいことにしてしまうのである。それで高校の文化祭準備等でもダルいことになったりしたし、親父の会社で働いていた折にも、学校への確認の電話を親父が私の代わりに入れたりなど、そんなことが度々あった。仕事ができないという騒ぎではない。

私ははたして、人とのやりとりが増える事自体に不安を感じているのだろうか。うまく言えない。うまく説明できないのだが、人との会話というか、やり取りの回数は少ないほうが圧倒的に楽だと感じているのは確かである。たとえ仕事や事務に支障が出ようとも優先されがちな欲求。人との会話が増えるくらいなら、仕事がうまくいかないほうがよっぽどいいとすら思っている気がする。35歳になって少しはマシになったのかと思ったが、ところがどっこい、何も変わっていない。結局私は今日高校生の頃と全く同じミスをしているのであった。

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生まれてこの方、一体私は対話というものの何をそんなに恐れているというのだろうか。ただ言いようもなく、他人との間に生まれる間(ま)というものが昔から怖い。だれかと議論を重ねて第三の結論を見つけるといったプロセスにもあまり耐えられたことがない。議論の場になるとき、無意識に自分が責められていると感じていることが多い。「議論」の場になったとき、なんとなくフェードアウトするか、早く終わらせるために適当に答えを見つけた気になって切り上げることばかりである。「考え」と自分自身は別なのでくつろいでいればよいはずなのだが、議論の場ではただ疲弊して早々に脱落していることが多いのである。

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今日は眠ろう。あまりおじさんの欠点について長々と語っていても、読者の皆様にいよいよ何にもなるまい。凡ミスは寝て忘れることにして、明日からまた頑張ろうと思う。寝るのである。