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親父がスマホから古の写真を発掘してきたので振り返ってみる。
時は2013年、私が大学を卒業する3月前後と思われる写真と、つい今日髪を切った私の写真の比較である。
髪を洗うのがとにかく楽だった。
意味がわからないくらい別人になっていること以上に、13年前の自分が今の36歳の自分より明らかに老けて見えることの驚きが勝る。当然写真の撮影環境が何もかも違うので印象が違うのは当然なのだが、どちらも撮影時のわたしの精神性をそれなりに反映しているとは思う。たしか体重は8kgくらい差があるはず(65kg←→57kgくらい。たぶん。)
思えば大学卒業時点のわたしは年齢は若くとも精神的に「老けて」いた気がする。今と比べてという話になるが、やりたいこともはっきりせず、大学の勉強にはついていけず、ただ失意のうちに卒業証書だけを握りしめておめおめと実家に帰ってきたわたしは、将来についてキラキラとなにか考える余裕を全く有していなかったのである。自分の技術を磨いたり真剣にやりたいことを探したり、せめてまともに就活するなどすればよかったのだろうが、そうしたことがどれもこれも中途半端以下でどうしようもなかったくらいには「老けて」いたわけである。
13年で何が変わったか。表面的には2つである。自分の絵の才能を自分で発掘することができたという一連の成功体験と、自分の1日の過ごし方を(一応)自分でデザインできている今現在の生活リズムである。振り返ってみると、わたしのなかでもっとも大きかった願望の1つは「貧乏で情けなくても構わないから、1日をぜんぶ自分の好きなように過ごしたい」というものであった。地位や名誉というより、生きている1日がちゃんと自分のものになってほしかったのであり、そのための手段が一連の絵の活動ということだったと理解している。
では内面的には何が変わっただろうか。一言で言えば自信である。「わたしはこれができます」と胸を張って言える状況そのものが私の目に少しずつではあるが光をもたらした。そうこうしているうちに不特定多数の人間に自分の顔を見られることへの抵抗感さえもいつからかすっかりなくなってしまい、リスナー各位からめんこいめんこいと言われてその気になっている始末である。自分の内側から出てくる自信もあるし、ひとさまからいただいた自信もたくさんある。
(他人に見られている自分について意識することが増えたので自撮りの取り方がうまくなっただけなのかもしれない気がしてきた。)
つまり、結局は自分への信頼感と自信がそのまま精神的な「若さ」ということなのではないだろうか。13年前の自分と今の自分の一番の違いは自信である。
では自信をもたらしたものはなんだろうか。これは端的に技術だとわたしは思う。「わたしはこれができます」と一言ぽつりと言える状況が、ひとに自信をもたらす。ほんとうに何もなかったあのときから13年たった今、やっぱりわたしはそう振り返る。勿論不安が完全になくなったわけではないのだが、自分ならきっといつかすべてを乗り越えるだろうという信頼感のようなものもまたあるわけである。自分で選んだ道だから、という納得感もある。
そんな訳なので、将来に悩む若者には「1つでいいからなにか技を身につけなさい」と言うことにしている。資格でも技術でも芸でもいいので、「これはできます」というものが1つあれば人生に背骨が入る。やりたいことが複数あっても構わない。どうせ人間には216本くらいホネがあるはずなので、多いなら多いで別に構わないのではないだろうか。そのうち適当な立体になって、どこかには転がっていけるだろう。
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眠る。わかったようなことを書いてはいるが、イベントがあればそのための準備に追われることは変わりない。今日は週末の大阪イベのための準備や服の買い出し、なぜかここ数日ちょっとつづいたBOOTHの注文の自宅発送分を出してしまったりなど雑務がメインだった。細かい荷造りは明日完了させ、ついに明後日金曜にはおよそ10ヶ月ぶりの関西入である。ちなみに前回は去年10月にニンテンドーミュージアムに遊びに行ったのがラスト関西であった。はずである。
眠ろう。おやすみである。ああそういえば、今日届いた日傘とオーバーオールはだいぶいい感じだった。真夏の大阪でも恐らく問題なく着れることだろう。。。たぶん。

