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「圧力知」という単語がある。科学的に一般的な言葉というよりは、「電脳コイル」などで知られている磯光雄さんの造語らしい(たぶん)のだが、面白かったので紹介する。
粘菌を迷路のスタートに置くといつのまにか自力でゴールにたどり着いていたり、あるいは雷がポテンシャル的に一番ラクな経路をパッと見つけたりしてみせるあの一連の振る舞いのことを「圧力知」…と、磯光雄さんが個人的に呼んでいるらしい(2016年頃のツイートでそのように本人が言及しているポストがあった。
とにかく物量でゴリ押して、ゴールに辿り着いたコを「ゴール」とする一連の流れがある種の知性である、という捉え方はなんだか面白かった…というのが昨日の出来事なのだけど、今日、先週の配信で描いた絵の続きを描いている最中にふとこう思った。
松村のごちゃごちゃしたイラストの描き方はむしろここでいう「圧力知」っぽいアプローチなのではないだろうか?
わたしの絵のアプローチのポイントは
①小さなものから描き始めて
②となりがどうなっているかだけ考えて進み
③紙の余白がいいかんじになったら完成(完全に埋まるか、よさげなバランスが見えたとき)
と、箇条書きにするとこんな感じである。全体の構図や構想を先に練ることも最近は比較的増えたが、基本的な姿勢は変わっていない。
こうした「ゴールがわからないままとりあえず量でゴリ押す」というアプローチはむしろ、完成までの圧力を描き込みの物量で高めていって「もうこの辺で切り上げよう!」という脱出口を見つける(筆を置く)という点で、なるほどなんというか、言われてみれば粘菌に近い気がする。どうせだったら「雷(いなずま)のように絵を描いてます❢」のほうがカッコいいんだろうけど。

10月の個展に額絵として持っていくかも知れない。
実際にゴールにたどり着いてみないとそこがゴールだとわからないという点について勝手に粘菌くんたちにシンパシーを感じるところだが、ここまで話を聞かされた諸君らが思うのは、例えばこういう疑問ではないだろうか。「次の一手が最適であるという確証を一体どうやって得るのか?」ということである。
これがお絵かきの面白いところで、描いたそれを「あとで正解だったということにする」という言い訳が通用する。ゴールポストを勝手に動かす自由がちゃっかりあるのである。この「絵の完成は結局自分の宣言次第である」ということを上手に利用して、あるときは地続きにガラクタを描きつらねていき、またあるときは飛び地のようにポンと遠くになにか置いて様子を見てみたりして、「どうやらここが潮時」というところまで、なんとか量で攻略するわけである。
圧力知的なアプローチ(という理解が合っているかも怪しいのだが)が必ずしもごちゃ絵や細密画といったものに着陸するかどうかは知らないが、少なくとも松村はそんなかんじでやってるんじゃないかという気持ちがするという感想までの記事である。ちょうど昨日「ごちゃごちゃした世界の描き方」が発売されたばかりなので、まあ、参考の参考の参考程度にしていただければ十分かと思う。

「これがこうなって、これがああなって…」という、因果関係をしっかり組み立てたアプローチだけが人間の、少なくとも創作上のアプローチではないのではないか。ほんとうに量だけでガンガン攻めてしまう圧力的なアプローチについてもスポットライトが当たれば創作シーンにおける幅というか行き詰まりが解消するシーンはそれなりにありそうだなと個人的に思ったのでした。
そんなかんじである。よろしくである。おやすみである。

