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今日はリビングでぬくぬくと育てていた鉢植えのコキアたちを、ついに庭の花壇へ移植する日であった。もう数万ほど軽く貢いでいるジョイフルAKの園芸コーナーから取り寄せた黒土(40L)が昼前に届いたのでお袋と一緒にせっせと盛り、コキアたちを迎える準備を整える。粒状の肥料もなんかいいかんじにばらまいておいた。いざ、3か月ほどのぬくぬく生活を経て世間の風に触れる瞬間である。

苗は全部で30ちょいほどで、横6mちょい(適当)くらいの花壇にお互い30cmほどの間隔を開けて3列に並んでいる。3行かもしれない。
ある時期まではリビングの窓際で適当に育てていたのだが、ちゃんとレースのカーテンの「外」に出して太陽光をしっかり当ててあげることで見違えるようにすくすく伸びた。当たり前なのかもしれないが、レース越しの光と直射日光(ガラス越しではあるが)とはやはり違うのだろう。

2、3週間ほど先に庭に植えられたコキアと見比べてみる。最初は外植えも中植えもそこまで変わらないかと思っていたが、改めてみると外植えのコキアのほうがなんだかしっかりとした幹になっており、太さと濃さを兼ね備えている雰囲気である。結局、日光と水を与えつつある程度風にさらされるほうがいいということなのかもしれないが、細かい要因はわからないが、風に揺れる植物たちを愛でるのは楽しいものである。
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死ぬほど関係ないが、大学を卒業して世間の冷たい風に触れ始めた頃のことをふいに思い出す。学校アルバムカメラマンとして出入りしていたが、こちらが若いというだけで頼りなさそうなものを見る眼差しを容赦なく向けられたりもした(そんなに多くないけど)。「もうちょっとやさしくしてくれてもいいのにな」と当時は社会というものを呪いもしたが、今思えばただ自分が仕事の出来ない若造だったのでダメだっただけだなと今では冷静に振り返る。周囲としてはいい迷惑だったろう。
一度社会に出れば、ひとは自分に職業遂行能力が備わっているかどうかだけが肝心なのであり、その事実と正面から向き合い改善していく余裕のない時代を、あるいは「若さ」「青さ」と呼ぶのではないだろうか。そうして世間の冷たい風に触れながら自分のペースで免疫を獲得していくほかない、そういう時代が誰の人生にもあるのではないか。まあ、そこへいくとわたしは20代中盤で社会からドロップアウトしてしまったのであるが…。
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コキアの種はピンセットでつまむのも一苦労なほど小さく、一度植えれば芽生えは早いが外植えに耐えられるようにするにはやはりある程度屋内で鉢植えするのが無難である。勿論外に適当にばらまいてなんとかなるやつもいるだろうが、発芽率は60%ほどだという。
さて人間はどうだろうか。単身たくましく生きるものもいれば、わたしのように一瞬ちょっと世間の風に触れてさっさと引っ込んでしまう奴もいる。だれにでも一定のたくましさがあれば望ましいのは論を俟(ま)たないが、なかなかそうもいかないのが人間という種だろう。おまえはもうちょっと頑張れとか、おまえはシンプルにもうちょっと寝ろとか、ままならないものである。
無理にこごえて立ち枯れては元も子もないと思う。しかし、ほんの少しでも外の冷たい風に耐えられないなら、彼らはどこにも出かけられない。いかに苗木を守るのかということと、いかに冷たい風に耐えるのかという話はほぼイコールだと思う。世間の風に触れた上で自分の環境を見直し整えることと、ただ考えなしにヤケになって引っ込むことは違う。なにはともあれ、一度は風に触れてから考えるべきなのだろう。さて一体わたしは何の話をしているのだろうか。筋肉痛のお尻が私にさっさと寝ろと訴えている。

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眠ろう。幸いここは北海道なので、いきなりこの時期に強烈な台風がやってくることはまずなさそうである。とりあえずここ数日は曇り雨らしいので、まずはそこを頑張って乗り切ってくれと祈りながら庭のコキアを見守ろうと思う。
眠る。おやすみである。皆がしあわせでありますように。

