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仏教にも、弟子の指導をするためにお師匠さんが用いる「性格診断」のようなものがあります。本来的には悟りの修行のためにやることなので、世俗的な性格診断とは毛色が違うのですが、役に立つ話なので私の理解を添えながら紹介していこうと思います。

※事前注釈
 ・仏教では6つの性格があると説明されるが、それぞれの優劣や上下関係があるわけではありません。
 ・自分の性格を自分で正確に言い当てることは本来むずかしいことです。あくまで気楽に参考程度にご覧いただければと思います。
 ・「ブッダの実線心理学 アビダンマ講義シリーズ第七巻 瞑想と悟りの分析①(サマタ瞑想編)」をメインの参考書籍として、松村個人の理解をだいぶからめつつ紹介する記事です。

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◆6つの性格

 まず先に、6つの性格を列挙しておきます。
 ・貪性(とんしょう)…欲の性格。
 ・瞋性(じんしょう)…怒りの性格。
 ・痴性(ちしょう)…怠け、無知の性格。
 ・信性(しんしょう)…信じる性格。
 ・尋性(じんしょう)…疑う性格。
 ・覚性(かくしょう)…知識型の性格。

 一気に全部書くと終わらないので、個人的に一番ピンとくる「信性」から行ってみようと思います。つまり、この記事は全6回を予定しています。

◆「信じる」という性格

 楽観的で明るい性格と説明されています。すぐに相手を信じてしまう。あんまりひとを疑いませんし、だまされても「運が悪かったな」と思ってまた凝りずにだれかを信じてしまいます。信心深い性格、と言えそうです。

 たとえば山頂で日の出なんかを見た時に「ああ、美しい、美しい」としきりに喜ぶ、物事の良い面をハイライトする性格なら貪性(とんしょう)っぽいですが、「ああ、ありがたや、ありがたや」と言ってしまうなら信性っぽいかんじがします。なにかにつけて、「ああ、ありがたいなぁ」となにかに感謝してしまう。なにかを信じているわけです。そういう意味では、日本人に信性の人間はやっぱり多そうだなと思います。

「信性だから善人だ」というわけではありません。信性でも終わってるカスは全然いるはずです。◯性だからいい悪い、ではなく、リアクションの傾向の話として理解してください。

(蛇足ですが、岡田斗司夫4タイプ診断で言えば「注目型」の範疇に入るだろうと個人的には思います。4タイプ診断については別に譲ります)

◆信じるものがないと行動できない

 なにか行動するときも、「こうやったら相手が喜ぶかも知れない」と、相手を信じて行動します。相手のリアクションを信じているのです。会社の人が通る玄関にこっそり花を置いておくとか、頼まれた仕事を張り切って余分にやってしまうとか、そういう、頼まれていないことまでついやってしまう。期待したリアクションが得られないと動揺しますが、凝りずに似たようなミスをしたりもします。

 相手を勝手に決めつけてしまいがちな性格とも言えます。「あの場面ではああ言ったほうがよかったのではないか」と家で一人で反省会を開いたりもします。人の気持ちを勝手に信じて、妄想してストーリーを作って悩んでしまうのですね。それが反省会としてでてしまうわけです。

 相手を「このひとはこういうひとに違いない」と先に決めて信じておかないと他人と会話するのが怖いのかも知れません。そういう、会話のシミュレーションみたいなものを勝手にやって、勝手にくたびれてしまう。例えばそんな性格です。

 相手を騙したり蹴落としたりということは向いてない気がします。性格が良いという意味ではなく、だまされやすい。やろうとしても、相手の欠点やウソを見抜くのがヘタクソなのでやられて終わりそうです。

◆信じて構わないものがあればしっかりしたひとになる

 判断力というか、行動の基準が「信じる」なのですね。信じるものがないと動けない。「誰かが見てくれるかも」「誰か喜んでくれるかも」「あの先生がそう言っていたから」というかんじで、なにか柱がないと行動に出てこない。なにかを信じていたいのです。

 裏を返すと、信じて構わない上司や先生と出逢えばしっかり成長します。基本的に相手を簡単に信じてしまうので、相手が信じていいひとであれば話はスムーズです。つまり、彼らに判断力を持たせるためには、彼らの能力に合わせて「判断のしかたそのもの、基準そのもの」から丁寧にインストールしてあげる必要がある、ということです。

 どんな性格の人間にもだれか先生が必要なのはそうなのですが、信性の人間はとくに良い教師・先生・師匠や良い本との出会いが欠かせない印象です。自分で物事を判断するのが苦手だからです。

◆どんな創作スタイルが向いている?

まず創作であれば「こういう風に描きたい❢❢」と思える作品や先生といかに出会うかがまず第一になりそうです。信性は教師や自分の信じられそうな題材との出会いが全てと言って過言ではないと思います。尊敬できる人、尊敬しても問題なさそうなひとをちゃんと探して勉強することがスタートです。要するに、誰かのマネから始めたほうがいい。

暗い話を描くか、明るい話を描くかは一概に言えないところです。信性だからかならずハッピーエンドを描く、とは言えないと思います。本人が「この世は弱肉強食だ!」と固く信じていたら、そのような対立的なストーリーを描く可能性は全然あると思います。「読者をびっくりさせてやろう」と思って、わざと冷水を浴びせるような作品を打ち出すことも考えられます。その際も、相手のことを信じて行動を開始します。

ただおそらく漫画であれば、「大団円」「ハッピーエンド」、みんなでわいわい勢揃い、仲良しでよかった、みたいな作品のアプローチにどうしても近づくような気はします。キャラが増えがちというか、登場したキャラを簡単に退場させたくない。「そこに登場できていないキャラクター」の気持ちをどうしても考えてしまうのですね。出してもらえなくて泣いてるんじゃないか、なんて思って放っておけなくなる。そうすると、画面がいままで出てきたキャラでどんどんごった返していくわけです。

おそらく「ワンピース」の尾田栄一郎先生や「NARUTO」の岸本斉史先生、「からくりサーカス」の藤田和日郎先生あたりは貪性か信性が入っているんじゃないかな、と思います。「ドラゴンボール」の鳥山明先生も恐らくそう。なるべく全てのキャラクターにスポットライトがあたる瞬間を用意するし、大団円を描く。それがあるべき状態だと信じているフシがあると思います。

(あるいは、「自分のお気に入りのキャラが描かれていない!」と悲しむ読者のことを信じているのかもしれません。そういう風に他者の感情をついつい想定するクセがあるのが信性です)

画風についてはなんとも言えないのですが、個人的には、先に上げた先生方を並べると、通常のマンガテイスト~若干デフォルメ寄りの画風は、信性のひとには取り組みやすいんじゃないかと勝手に思えてきます。が、このへんの話は適当です。理屈がわかったらまたそのとき書きます。

◆「他人に見られる仕事」は向いている気がする

他に有名人だと大泉洋さんとか狩野英孝さん、アンタッチャブルのザキヤマさん、政治家だったら安倍晋三さんや小泉進次郎さんあたりはモロに信性っぽい気がします。この辺は、個人的なカンです。

何なのかと言うと、「他人から自分がどう見えているか」というアンテナが異常に発達している人種なんですね。「みんなが俺を見ている❢」と思えたときに最大のパフォーマンスを発揮します(外れるときもあります)。

あと、対面したときの「怖さ」みたいなものがいい意味でない。威圧感がない。本人が意図的に抑えているのです。「自分が機嫌良さそうに見えているのか」というところから気を遣う人は遣います。ときには「気を遣っている」「そういう工夫をしている」と周囲に気づかせないほど繊細な演技力を持ち合わせます。つまり、演技力を備えた信性は人たらしになります。

◆まとめ

・信性は「信じる」性格
・判断力△、だが先生や上司が優秀だったら安心
・成長のカギは「まずマネてみる」「信じてかまわないものと出会う」こと
・人に見られる仕事、パフォーマンス系の仕事は向いているかも知れない

最初の一発目で信性を扱ったのは、松村自身はなんとなく信性だなという自認があるためです。
が、自分のことはなんだかんだ自分ではよくわからないものです。あまり過信せず、ほどほどに「そんな話もあるんだな」くらいに参考にしてもらえればよいかと思います。私自身の見解も本記事では多分に混ざっておりますし。

次回はどれにしようかな。おそらく貪性(欲)あたりになりそうです。
では、また。