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マリオの映画が今日公開されたらしい!見に行きたい!が、それは日曜の楽しみに取っておいて、今日は諸々溜まっていた雑務をこなしたり昼寝したりしていた。昼寝していた時間で映画見に行ったらよかったんじゃないか?なんて思ったりもしたが、それはそれ、これはこれ。

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金曜の夜だから、というわけでもないが、飛んできているマシュマロにTwitterの記事上で回答していた。↓(HP上にリンクが正しく表示されるかはわからないが貼っておく)

記事では「鉛筆から本番と同じ画材へ」と描いてしまったが、別に鉛筆で描いた後にPCで補正して2値化などすればしっかり黒は出るので、慣れ親しんだ画材からいきなり距離を置く必要はない気もする。結局は「自分はこの画材で頑張りたいな」という自分の情緒さえも、手を動かして発見しなければいけないわけである。

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「はじめてのスピノザ」を途中まで掻い摘んで?読んでいる。一生懸命読まないと難解な部分もあるが、解説が親切なのでそこまで置いてけぼりにならずに済んでいる。加えて、よくよく聞いてみると初期仏教の内容と似通った主張もあり、ああなるほどと勝手に思ったりしている。なんでもかんでも初期仏教フィルターを通さないと本も読めないのか、と少し思ったりもしたが、読解理解の基準がひとつあるのは取り立てて悪いことでもあるまい。気にせず読み進めることにする。

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意志や自由についての話をしている章までとりあえず来た。まだ途中だが、面白い。結局人間の意思決定も因果関係なのであって、一元的な原因でロボットのようになっているわけではないにしても。制限がある中で多元的に考えて決定している、というのはなるほどと思う。

ちなみに仏教的に説明されている六道輪廻のなかで、「心が自由なのは人間だけ」という解説がある。天界や梵天に生まれると、物質的なからだをもたない生命として生まれるのでからだは自由だが、自分の持って生まれたカルマのまま寿命が尽きるまで遊んで過ごすしかないような生命であり、徳を積んだり修行したり、人格向上はできない。人間に生まれると、からだは病気になったりするし、ご飯を食べるために働いたりしないといけないが、心は自由であり、頭で色々想像したり月にロケットを飛ばしたりできるわけである。心が自由なので修行して悟ることもできるし、反対に、どこまでも堕落することも出来る。そんなわけである。

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まだスピノザの「責任」の説明までたどり着いてない(その項目合ったっけ?)ので早く読みたい。

わたしは「責任」という単語が苦手である。言葉の響きとしては「職員室」と「打ち合わせ」くらいニガテである。「責任」という言葉がニガテなので社会人としてずっと逃げてきたという面がかなりある。わたしの人生は「責任」という一単語を巡る逃亡劇だったような気さえしてくる。

一方で、責任という単語を正しく理解したいなという気持ちもある。ちゃんと理解した時にあの重苦しさがなくなるんじゃないかな?という期待もあるわけである。つまり、ちゃんと理解して、ちゃんと楽になりたい。そんなオモモチである。

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日記として唐突なのだけど、明日は親父のロケハンに付き合って帯広のナイタイ高原に朝から出発する。朝九時に出るので夜ふかしできない。よってそろそろ寝るのである。ちなみに夕方くらいには帰って来る予定なので、ふつうに配信はあります。

おやすみまんコットン100。