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今やっている最新のゲームもいつかはレトロになる。とくに今年はSwitch2の発売年ということもあり、様々なゲームが往年のゲームファンを大規模に巻き込むかたちで展開してる真っ只中である。かねてからのゲーマーたちは大興奮のるつぼである。が、20年たてばすべては「レトロ」になるのだろう。これまでがそうであったように、である。
今レトロゲームと呼ばれているものたちは、例えばわたしが小学生~高校くらいにやったゲームたちである。ゲームキューブですらレトロと言われている昨今、わたしはゲームキューブのスマブラDXを未だに「最新の」ゲームのような気持ちで心にとどめている。ゲームキューブのあの立方体のフォルム、小さなディスク、スマデラの画面や64から圧倒的に進化したグラフィックやゲームスピード…色々なものが「ハイスペックなもの」として私の心に思い出のかたちで残り続けているのである。それがわたしの、だいたい中2頃らへんの記憶である。
はて今の美麗なグラフィックも、時間の経過とともにほんとうに「レトロ」として感ぜられるようになるのだろうか。今レトロゲームと称されているものは、グラフィックがドットであったりポリゴンの数が少なかったりと、なにかが「ロー」であることとそれなりに連動して「レトロ」と位置づけられ語られている側面は多分にありそうな気がする。どうなのだろう。今激アツのエアライダーやドンキーコングバナンザを20年後見たときにそこにわたしたちは「レトロ」をみるのだろうか?スーパーマリオのドット絵を眺めるような感覚でとまではいかないにしても、どのような眼差しを持ってその日を迎えるのだろうか。全く、想像できない。レトロとは全く恣意的な指標なのではないだろうかという疑いの渦中に取り残されたまま、眠気が私の脳みそを包みつつある夜である。
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さて、今日は寝坊をした。正確には、アラーモの設定した起床時間から1時間が過ぎてしまい、カービィのゲームオーバーの音声を聞かされるハメになってしまった程度だが、若干布団の中でもぞもぞしすぎてしまった。いそいそと布団から這い出て一日をはじめる。
それにしても今日は家が揺れた。夜に青森方面で地震があったので釧路も若干揺れたのだが、それは別として、隣の解体工事が大サビに入ったような様相を呈していたのだ。そう、基礎工事の部分を掘り起こしてバンバンとコンクリートを砕いていたのである。
上の建物部分がまっさらになったので油断していたが、家には基礎というものがあるのをすっかりわすれていた。かなりしっかりした岩が次々と掘り起こされていき、丹念にまっぷたつに叩き折られていく。これがまあまあ揺れるのであった。それでもだいぶ作業は進んだみたいなので、明日はうんとましになるだろう。それにしても、家1軒なくなると随分見晴らしが変わるものである。
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兄の家に父方の叔父からいただいた果物のお裾分けにドライブしながら、帰り道で久しぶりにミスドでポン・デ・リングなどをゲットする。具現化された幸せの1つである。お菓子というのは幸せそのものである。この世においしいものがあってよかった。頼むから、また家の近くにミスドが復活してくれないだろうか。後生である。
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ディスコードで身内でドンキーコングバナンザのネタバレ有り感想会をやった。サブチャンネルで雑枠をとってもよかったのだが、たまには他の人の肉声の感想も聞きながらぼうっと月曜の夜を過ごすのも悪くないような気がしたので気まぐれのボイチャである。ゲームの感想や気づきをいかんなく語り合うのは実に楽しい。また他のゲームでもやりたいものである。
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眠る。とにかく言えるのは、やはりやりたいゲームを積んだままにせずちゃんとマメにプレイしないと20年後のなにかしらの感動を「下ごしらえ」できず、今のような古参ゲーマーとしての熱狂から無惨にも取り残されてしまう可能性があるということである。やはり、物事にはそれをやっておくべき時期があるし、それはゲームや映画、漫画や読書でもそうなのだろうと思う。そんなわけで、積みゲーはちゃんとマメに消化しようと心を新たにし、床につくことにする。まとまっていない文章だが、まあ、よかろうて。みんなも今のうちにバナンザをプレイするように。Switch2がみんなにも手に入りますように。

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