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「一回で終わるのはかっこいいな」という気持ちは昔からあった。ソウル・ミュージックを生み出したかのレイ・チャールズは、レコーディングの際「1発OK」を幾度となく連発したという話を聞いたことがある。実際に何回なのかとよくわからないが、少なくとも「We are the world」の収録の際は1発OK だったらしい。
私はそのエピソードを聞いたとき、なんだかよくわからないがとても感動したことを覚えている。「1回で終わるのは、かっこいい」。なんとなく、中学か高校か良く覚えていないが、そこらへんから強くそう思うようになった気がする。「1回で終わることがプロ」と、なんとなく思い込むことにしたのである。
しかし技量もなくなんとなくただ「1回で済ませてぇな」と思っていたら、それはただの怠けである。1発OKという仕事をするからには、それなりの技というものを身に着けなければならない。私は「怠け者」だったせいで、一発書きを身につけるために却って多大な労力を支払うハメになったということかもしれない。ようわからん。まあ、結局技術が身についたのだからなんでもよいことである。(言うまでもなく、道半ばである)。
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仕事を選び社会と関わるとは、自分の性格と折り合いをつけることに他ならない。
自分が怒りっぽいなら、怒りっぽい自分が問題を起こさないで済むような仕事やはたらきかたを探したり、怒るにしても、例えば世界情勢とか、少しマシなこと(?)に怒ることにする。自分が怠け者なら、そんな自分でもやる気が出るように仕事の流れを工夫したり、怠け者でも大丈夫な仕事の量に調整するなどする。欲張りで、お金が大好きで仕方がないなら、せめてちゃんと人の役に立ってお金を正々堂々といただくことにする…などなど。まあ、色々あると思う。私は怠け者だったが絵は描きたかったので、「怠け者の自分でも絵を楽しめる方法」を自分で開発する必要に迫られてしまったわけであり、その開発した分でかろうじて社会とつながりを保っている。
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自分の性格を直すというより、「その性格でどう生きていくか」と考えるほうがスムーズではないかと個人的に思う。性格を直す、などということには時間がかかって当たり前だし、なんなら一生治らない可能性が高い。であるならば、自分の性格が「治る」のを待つ前に、社会とどう関わるのかを真剣に考えたほうが良い。折り合っていくとは、そういうことである。
自分の性格の「わるさ」とは、まさにそれがそのまま社会に対する甘えどころなのではないかと思う。自分の「わるい」ところをむしろ巧みに「使って」、社会と折り合うのである。私が「1回で終わらせたい」という怠け者のアホであることをなんとか使って、自分のやりたい技法を自覚して身に着けたように、また「やりとりせずに一方的に語りたい」という身勝手さを肯定するために漫画や動画というフィールドを選んだように、である。
「これについては、ゴメンしてくれ」と1つ選ぶことだと思う。ちゃんと1つ選んだら、「かわりに、これは頑張ります」という、がんばりポイントも同時に立ち上がってくる。かもしれない。甘えどころと頑張りどころは表裏一体ではないだろうか。社会に対してどう甘えるかしっかり自覚できたとき、自分のほんとうの「仕事」が立ち上がってくるのではないだろうか。
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なんとまとまらない文章だろう。もう一度読み返して推敲する気力は今日は流石にない。大した仕事量があったわけではないのだが、若干いろいろな種類のことを広く浅くこなした日で少し消耗した。珍しくタイピングの腕がちょっとだるいくらいである。
寝るのである。もう少しだけ作業してから寝ようかな。疲れてるけど。

